『あおのじかん』イザベル・シムレール

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あらすじ

日没から闇夜が訪れるまでの間、ゆっくりと空の青さは深みを帯びていきます。移ろいゆく空の下、さまざまな生き物たちが、これから始まる夜に備えます。そんな世界が眠りにつくまでの、静かな青いまどろみを、イザベル・シムレールの絵筆が美しく描き出します。


インプレッション

今この瞬間にも、地球のどこかで青の時間が始まる

ページをめくるたび、青のグラデーションは濃くなり、やがて世界は闇に沈みます。語りの言葉は添えられていますが、出てくる動物たちは、そのリアルな佇まいそのままに、セリフを発することはありません。しかし彼らは、何も語りかけてこないにもかかわらず、いいえ、何も語らないからこそ、雄弁に語ってみせます。何しろ夜の訪れを、身体ひとつで堂々と受け止めてみせる姿自体が、ただもう単純に凛々しく美しい。

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その表情に、不安や迷い、恐れといった、ネガティブな感情は、まったく見られません。都市部に暮らす人間としては、反省させられるところです。なぜって、基本的にせわしなく、不安げで、落ち着きがないものだからです。ときには滑稽な悲壮感すら漂わせます。その一方で、野生の動植物たちの悠然たる姿たるや、真逆もいいところです。彼らに将来の見通しなどあるはずもなく、いつも生命の危険と隣り合わせであるにもかかわらず。

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おそらく都会の人間は、「あおのじかん」を失ってしまっているのです。それは例えば、「時計の針が18時を回ったから日が沈んだ」といったような、人工的な時間を生きてしまうことで。けれども実際、世界で流れている時間は、この絵本が示すように、それぞれの生命が互いに響き合う、おそろしく豊かな瞬間の連続によって成立しています。それはあたかも壮大な交響楽がつむぐような時間で、3分の電車遅延でお詫びのアナウンスが流れるようなチープなものではありません。

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さて、この絵本には、とても大胆な仕掛けが施されています。最後まで読み終わり、背表紙サイドの見返しを開くと、一枚の世界地図があります。作中に登場した生き物たちが、さまざまな国や地域に棲息していることを、その地図は示します。地球はブループラネットとも言いますから、表向きには「あおのじかん」を名乗りつつ、ひそかに「ちきゅうのじかん」を丸ごと描いていたわけです。

作品情報

『あおのじかん』(Heure Bleue)
作者:イザベル・シムレール(Isabelle Simler)
翻訳:石津ちひろ
出版:岩波書店
初版:2016年(日本語版)

あおのじかん

あおのじかん

The Blue Hour

The Blue Hour


青の生き物たち

青尽くしの絵本なだけあって、本書に登場する青の動物も、選りすぐりのものたちが抜擢されています。ほんの一部を以下に紹介します。

ホッキョクギツネ(Arctic Fox)
その名の通り、北極地域に棲息するキツネです。とてつもなく寒さに強いキツネで、マイナス70度の世界を生き延びることができます。
コバルトヤドクガエル(Blue poison dart frog)
世界で最も美しいカエルのひとつと言われます。名前に含まれる「ヤドク」は、「矢毒」の意。
モルフォチョウ(Morpho)
世界で最も美しいチョウのひとつと言われます。その色彩は、色素による色ではなく、鱗粉(りんぷん)の構造によってもたらされています。いわゆる構造色です。青色の波長の光だけを反射させる、特殊な構造をした鱗粉が、この蝶のハネを覆っています。
アオミノウミウシ(Glaucus atlanticus)
見た目がドラゴンのようですが、その体長は2センチから5センチほど。日本では南西諸島や小笠原諸島などの外洋に生息しています。
ヒョウモンダコ(Blue-ringed octopus)
リング紋様の警告色が非常に美しいタコですが、猛毒のテトロドトキシンを持つ危険な生き物です。

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イザベル・シムレールについて

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イザベル・シムレール(Isabelle Simler)は、フランス出身のイラストレーター、絵本作家です。美術館や博物館でのワークショップも精力的に行っています。これまでに出版した絵本は10冊ほど(『Plume(羽根)』、『Des vagues(波)』、『La toile(キャンバス)』など)。ただし日本語訳があるものは、現時点で本書だけのようです。パリ在住。