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『ちがうけれど、いっしょ』フェリドゥン・オラル

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あらすじ

前脚にハンディを抱えて生まれた仔ヤギ。他のヤギたちのように走ったり、跳びはねたりできません。もしそれが可能なら、どんなに嬉しいことでしょう。


インプレッション

打算的なダサさ、その真逆にあるもの

主人公は、生まれつき前脚が弱く、自力では歩けないメスのヤギです。このヤギを通してストーリーは語られます。ふつうに素朴にいい話です。飾り気のないイラストにも好感が持てます。ヤギ飼いの青年の手助けを得て、最終的に彼女はハッピーエンドを迎えます。ただ正直なところ、心に響く絵本ではありませんでした。ストーリーは凡庸で、何か「おおっ!?」と思わせるものもなかったからです。しかし、ヤギ飼い目線から物語を読み直すと、話は別です。

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生まれたばかりのヤギが歩けないと知った段階で、この牧童は処分を決断できたはずです。いえ、むしろ、そうすることがセオリーでしょう。またその方が、ヤギも不必要に苦しまずにすむ、と考えられます(歩けなければ、放牧されても十分に食べられず、栄養失調による病死が懸念されます。そうならなかったとしても、遅かれ早かれ肉食獣の餌食になるでしょう)。手間やリターンの少なさを思えば、このヤギを生かした牧童は、賢い判断をしたとは言えません。

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それも、何か勝算があって生かしたおいたわけではないので、ヤギ飼いの青年は二重の意味で愚かです。歩けないヤギをわざわざ小脇に抱え、放牧に出かける姿は、どう見てもスマートではありません。両者の関係には、遠からず破綻が訪れるでしょう。ヤギの体重が増えて運べなくなった時点で、ゲームオーバーだからです。あとには、中途半端に育ったヤギが残され、その対処に青年は悩まされるはずです。やはり賢くありません。中途半端に愛情を注ぎ、その結果、互いに不幸な結末を迎えることになるからです。

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けれどもヤギ飼いは、その不幸を見事に回避するのでした。歩けないヤギのために、手押し車タイプの三輪車(木製)を手作りすることで。場所はトルコの人里離れた山奥で、おそらくはネットも繋がらないような辺境です(三輪車の設計は、地面に棒切れで描いています。ひょっとすると紙もないのかもしれません)。つまり誰からも教わることなく、何とかしたい一心から、彼は独力でヤギのための三輪車を思いついたのです。

この部分の描写は、比較的サラッと流されていますが(なにせヤギ目線の語りなので)、イメージすればするほど、相当ヤバいです。ヤギ飼いの青年がパッとしない凡夫である分、余計グッと来ます。だって、バカみたいにカッコよすぎです。お人好しにも程があります。こういうのを底抜けのバカと呼ぶのでしょう。一般に賢いとされる人たちならば、決して通ることのないルートです。しかしながら、いいえ、あるいは、だからこそ、いっそう美しいシーンです。その先の展開については、ネタバレになるので伏せましょう。

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なお、絵本のタイトルやフォーカスの当て方からして、この読み方は本来的なものからズレています。気になる向きは本書を手にしてみてください。

作品情報

『ちがうけれど、いっしょ』(Farkli Ama Ayni)
作者:フェリドゥン・オラル(Feridun Oral)
翻訳:うえむら くみこ
出版:ワールドライブラリー
初版:2016年(日本語版)

フェリドゥン・オラルについて

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フェリドゥン・オラル(Feridun Oral。1961~)は、トルコのクルッカレ出身の絵本作家、アーティストです。マルマラ大学美術学部卒。絵画、彫刻、写真など幅広く手掛けています。トルコを代表する絵本作家の一人でもあり、これまでに15冊ほどの絵本を出しています。日本語で読める彼の絵本としては、本作の他に『あかいはねのふくろう』、『おばあちゃんは だれに にているの?』、『ゆきの なかの りんご』、『森のこえ』があります。イスタンブール在住。