『翻訳できない 世界のことば』エラ・フランシス・サンダース

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あらすじ

世界のあちこちから集められた、一言では説明できないような、固有の言葉たちが紹介されています(34カ国語から52個)。さあ、どんな言葉との出会いがあるでしょう?


インプレッション

それに名前を付けてたの!?

いわゆる絵本らしさのない『翻訳できない世界のことば』ですが、絵本のエッセンスは、しっかり入っています。すなわち、「イメージで読み解く」というものです。絵本特有のリアリティは、たいていイメージで補足しなければ立ち上がってこないように、翻訳できない言葉たちもまた、想像によって背景をフォローしなければ、いまいちしっくり来ません(いくら想像しても、やはりピンと来ない言葉はありますが、それはごく一部です)。逆に、しっかりイメージできれば、ゾクッとするような読書体験を味わえます。

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たとえば、ズールー語の「ウブントゥ(UBUNTU)」。「本来は、『あなたの中に私は私の価値を見出し、私の中にあなたはあなたの価値を見出す』という意味で、『人のやさしさ』を表す」という意味の名詞。これに相当する日本語はありません(「人こそ人の鏡」の逆バージョンが近いかもしれません)。
では、理解できないかというと、全然そんなことはなく、ふつうに意味を把握できます(さすがにウブントゥが流通している社会の価値観までは実感できませんが、そのレベルでの実感のなさは、他の絵本でもよくある話です)。

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ヤガン語の「マミラピナタパイ(MAMIHLAPINATAPAI)」も、いいです。意味は、「同じことを望んだり考えたりしている二人の間で、何も言わずにお互い了解していること(二人とも、言葉にしたいと思っていない)」。やはり日本語に相当する語はありませんが、すごくよく分かります(以心伝心や相思相愛と似ていますが、ややニュアンスが違うように思われます)。
それにしても、たったひとつの言葉から、何らかの物語やエピソードを想起してしまう、人の想像力は面白いです。ちなみにヤガン語は、チリに暮らす原住民の言葉とのこと。

言葉から、その社会の一端がうかがえる面も楽しいです。ネタバレを避けて書くならば、ウルドゥー語の「ナーズ(NAZ)」、アラビア語の「サマル(SAMAR)」、ブラジル・ポルトガル語の「カフネ(CAFUNÉ)」の意味は、深かったり、あったかかったり、「らしい!」と思わせたり。また、作者のセンスを垣間見ることもできます。日本語から4つの言葉がエントリーしていますが、トータルで「おっ!」と思わせる感性です。

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この絵本を読んでいて、おそらく一番スリリングなのは、「言葉にしてみたかったけれど、ぴったり当てはまる日本語がなくて、もやもやしていた何か」が、他の言語に存在していて、「!?」と驚きと喜びの混ざった、そんな一瞬の訪れでしょう。少なくともひとつかふたつは、そういった言葉に出合うはずです。そして、そのシーンは人によって異なり、それは正しく個性(もしくは、あなたらしさ)を反映したものであるでしょう。その瞬間にはまた、タガログ語で言うところの、「キリグ(KILIG)」な感情が湧いてくるかもしれません :-)

作品情報

『翻訳できない 世界のことば』(LOST IN TRANSLATION : An Illustrated Compendium of Untranslatable Words)
作者:エラ・フランシス・サンダース(Ella Frances Sanders)
翻訳:前田まゆみ
出版:創元社
初版:2016年(日本語版)

翻訳できない世界のことば

翻訳できない世界のことば

Lost in Translation: An Illustrated Compendium of Untranslatable Words from Around the World

Lost in Translation: An Illustrated Compendium of Untranslatable Words from Around the World

エラ・フランシス・サンダースについて

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エラ・フランシス・サンダース(Ella Frances Sanders)は、イラストレーターです。Techstars社のバックアップを受けて運営されているMaptiaでインターンとして働いていました。その際、ハフィントンポストに転載された、この記事がネット上で話題になり、書籍化されることになります(Untranslatableなハズなのに、いろんな言語に翻訳されて!)。当時の彼女は19歳で、モロッコに住んでいました(かつてはイギリスやスイスにも住んでいました)。ちなみに現在はまたイギリスに住んでいます。近著は『誰も知らない世界のことわざ』。