『ねこってこんなふう?』ブレンダン・ウェンツェル
あらすじ
他の生き物からネコを見たら、一体どんな風に見えるかしら?
その姿は、私たちの知っているネコと同じでしょうか?
インプレッション
ポストトゥルース時代の真相を、猫は正しく予見する
カンのするどい人なら、すぐに気づくでしょう。「この切り口は、ユクスキュルのウンヴェルト(Umwelt)だ! 環世界だ!」と。実際、カバーそで部分で、そのことに触れられています(『脳はなにかと言い訳する』、『ココロの盲点』、『脳には妙なクセがある』などで知られる、脳科学者の池谷裕二氏による解説)。
ただし、この絵本を読むのに、環世界の知識は不要です。もちろん知っていたら、その分だけ読み幅は広がりますが、むしろ知らない方が、新鮮に読めそうな気もします。絵で直感的にアイディアを吸収できる楽しみもあって。
この絵本では、犬や鳥や蜂から見た、さまざまな「ねこ」が、想像を交えて描かれます。ただペラペラめくっても、「ふむふむ」と納得できるものですが、もう一歩だけ踏み込んで理解しようとすると、それなりの教養やイマジネーションが必要となるでしょう。
たとえば、犬から見たネコの鈴が極端に大きいのは、「人間と比べて敏感な聴覚をしているからかな? ペンフィールドのホムンクルス的な」と読み解けますし、ヘビから見た猫がヘンな色と表情をしているのは、「赤外線感知によるピット器官をシミュレートした結果の色彩で、おそろしく見えるのは、ヘビの心理的な印象を反映させたものじゃないかしら?」といった風で、読み手の力量が試されます。読み聞かせで使うには、ちょっとハードルが高いかもしれません :-)
さて。「同じ猫でも、見るものによって、違って見える」という切り口の本作ですが、最後のページでは、その猫が自分自身を見るところが描かれます。あらかじめ、いくつかの結末が予想されるでしょうが、「そう来たか!」と、ユニークで驚きのあるものになっています。ただ、いちお伏線らしきものはあるので(ネコが澄まして歩いている箇所の反復)、丹念に読み込んでいた場合には、「やっぱりね!」と、会心の笑みを浮かべることができるでしょう。
ここから先は、純然たる深読みになりますが──。SNSやWebは、「人工的な環世界」と見なすことができ、最近よく耳にするポストトゥルース(Post-truth)のあれこれは、その環世界に閉じこもることで、引き起こされがちです。その辺りのことを意識しつつ、もう一度、絵本のラストシーンを開いてみると、いろいろ思うことがあります。
ネタバレになってしまうので、詳しくは書けませんが、ニューヨーカーの作者は、ちょっとした風刺を効かせているような気がしてなりません。スマートな知性を感じます(あの場面に、あえて可愛らしい表情とテキストを添えているのが、とりわけポイント高いです)。
作品情報
『ねこってこんなふう?』(They All Saw A Cat)
作者:ブレンダン・ウェンツェル(Brendan Wenzel)
翻訳:石津ちひろ
出版:講談社
初版:2016年(日本語版)
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- 作者: Brendan Wenzel
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ブレンダン・ウェンツェルについて
ブレンダン・ウェンツェル(Brendan Wenzel)は、米ブルックリン在住の絵本作家、イラストレーターです。プラット・インスティテュート(Pratt Institute。アメリカを代表する美術学校のひとつ)卒。日本語で読める彼の絵本は、今のところ本作だけのようです(英語版であれば、『Some Bugs』、『One Day in the Eucalyptus, Eucalyptus Tree』、『Beastly Babies』などがあります)。ちなみに『ねこってこんなふう?』は、「School Library Journal Best Book of 2016」、「ABC 2016 Best Books for Children」に選ばれました。