『おとうさん』シャーロット・ゾロトウ作/ベン・シェクター画

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あらすじ

生まれた時、すでに他界していたお父さん。その姿をお母さんの話の中から、イフ(if)としての現在によみがえらせます。


インプレッション

暴力を包みこむ想像力、あるいは別の何か

主人公の男の子は、生まれた時、すでに父親を亡くしています。だから、この絵本の中で描かれる父親とのエピソードは、すべて想像によるものです。しかし、あまりにシャープでリアルな一瞬を切り取った、<思い出>の数々を読んでいると、だんだんと「彼のお父さんが死んだ、という話はウソなのでは?」という思いが、首をもたげてきます。つい最近まで父親が生きていたかのような、そんな印象を持ってしまうのです(けれども、やはり男の子のお父さんは、とうの昔に亡くなっているのでした)。

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それほどまで、すぐれたスナップ写真のような日常のワンカット、ワンカットが、それぞれ極めて鮮明で、しばしばページをめくる手を止めます。ポンポンポンと、短編小説のハイライトが並んでいるみたいで、一枚のイラストと数行のテキストから、前後のストーリーが、実にたやすくイメージできてしまうのです。絵本なのでページ数は短いですが、映画化だって難しくないはずです(間違いなく名作になるでしょう)。

さて、母親から聞いた話から、この男の子は父親像を思い描いています。よって、「あなたのお父さんはこんな人だったから、もし生きていたら、きっとこんな風に接したでしょう」といった語りが、背後には見え隠れするわけです。その母親によるイマジネーションの幅の広さ、奥行き、ディティールと言ったらもう! 桁外れの愛情がなければ、決してできない次元のものです。よほど彼女は彼が好きだったのでしょうし、今なお愛しているのでしょう。

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そしてまた、描かれる父親像というのが、やたらめったとカッコいい! まさしくダンディという言葉がふさわしいです。一級品の立居振舞と(それでいて時にワイルド)、クールでありながらも、温かみのあるセリフの数々。「そうやって話すことで、おまえはもう十分に罰を受けているのだよ」、「仕事は毎日が冒険さ」などなど。もし世に理想の父親がいたとしたら、おそらくこんな風になるでしょう。すなわち、男の子の目線に立って、同じアイレベルから、常識と冗談を語れる大人の男性です。

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ところで、どうして父親は亡くなったのでしょう? 絵本の結末部で、その理由は示されます。作者シャーロット・ゾロトウからの意向で、理由は××××(ネタバレになるため伏字)にされたらしいのですが、きっと彼女には強く思うところがあったのでしょう。そうして最後まで読んだあと、あらためてページを開いてみると、静かで、それでいて激しく、消えることのない、正当なもうひとつの感情が、クリアに読み取れます。

傑作です。

作品情報

『おとうさん』(A Father Like That)
作者:シャーロット・ゾロトウ(Charlotte Zolotow)
挿画:ベン・シェクター(Ben Shecter)
翻訳:みらい なな
出版:童話屋
初版:2009年(日本語版)

おとうさん

おとうさん

A Father Like That

A Father Like That


シャーロット・ゾロトウについて

シャーロット・ゾロトウ(Charlotte Zolotow。1915~2013)は、アメリカの絵本作家、詩人、編集者です。バージニア州ノーフォーク生まれ。生前に70冊ほどの絵本を発表しました。編集者としては、『ウェズレーの国』、『おとうさんの庭』などで知られるポール・フライシュマン(Paul Fleischman)、『フォーチュン・クッキー』の原作(Freaky Friday)を書いたことで知られるメアリー・ロジャーズ(Mary Rodgers)、『“少女神”第9号』のフランチェスカ・リア・ブロック(Francesca Lia Block)らの編集に携わりました。1998年からは、彼女の名を冠した、シャーロット・ゾロトウ賞(Charlotte Zolotow Award)が、CCBC(Cooperative Children's Book Center)によって設立されています。

私生活では、伝記作家のモーリス・ゾロトウ(Maurice Zolotow)と結婚しましたが、最終的には別れています。なお、娘は作家のクレセント・ドラゴンワゴン(Crescent Dragonwagon)で、息子のスティーブは世界的なポーカープレイヤーです。彼は、WSOP(World Series of Poker)でふたつのブレスレットを獲得しています。