『わたしのすきなもの』フランソワーズ・セニョーボ

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あらすじ

すきなものが たくさんあるって とっても うれしい。
すきなものを みつけると とっても たのしい。
あなたは なにが すきかしら?


インプレッション

わたしを生かすもの

極めて平易で素朴な語り口に、フワッと添えられたイラストが、とても素敵な絵本です。翻訳もフォントの選択も完璧です。一方で、少女趣味的な気配が濃厚で、そういったものが苦手な人には、最初から視界に入ってこないかもしれません。しかし実は、そんな人こそ手に取ってみるべきです。ちょっと見方を変えてみましょう。

この絵本では、タイトルにある通り、主人公の女の子が、好きなものをひたすら挙げていきます。まるで他愛もなく見えるかもしれませんが、いいえ、違います。むしろ正反対で、非常に重要です。突き詰めていくと、これら好きなものは、彼女が生きる理由にも結び付くからです。そう、彼女の好きなものとは、その生を根底で支えるものでもあるのです。

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「そんな大袈裟な!」と思われるかもしれませんが、まぎれもない事実です。たとえば、真剣に自殺を考えている人や、あるいは余命いくばくもない人を、この世に強く執着させるものとは何でしょうか? その人が望む好きなもの、愛するものであるはずです。逆のケースは考えにくいでしょう。すなわち、嫌いなもの、憎むものをイメージして、「まだ生きていたい!」とは思わないはずです(かえって死にたくなるのでは?)。

もっとカジュアルな例の方が、分かりやすいのであれば──。海外赴任で白御飯(コシヒカリ的な)が食べられず、軽いノイローゼになる人は少なくありませんが、これは「たかだか食事の話」として片付けられるものでしょうか? もしくは、帰宅後にボーッとプロ野球のダイジェスト番組を眺めるのが至福の時であった場合、それを奪われて生活のリズムを崩した際、「たかがテレビの話ですよね」と、簡単に退けられるものでもないでしょう。

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さて、少しは見方が変わったでしょうか。その流れで本書を開いてみると(「自分の余命が残り一ヶ月になった」などと仮定するのもオススメです)、とたんに胸にグサグサ突き刺さる絵本に早変わりです。女の子からの問いかけも重いものになってきます。「あなたが好きなものは何?」という質問は、言いかえてみれば、「あなたが人生に求めるものは何ですか? 何故あなたは生きているんですか?」という問いでもあるからです。

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これほど緊迫感のある質問はなく、子どもたちが食い入るように本書を読む理由も分かります。ロングセラーであることも頷けます(日本における乙女心のバイブルである『枕草子』のように)。

ちなみに作者のフランソワーズ・セニョーボは、19世紀に生まれた人で、原作が発表されたのは、今から半世紀以上も前です。そして、彼女は1961年に亡くなるのですが、あたかも自身の死を予感していたかのように、その前年の1960年に『わたしのすきなもの』を出しています。本書がふりまく可愛らしさの奥底に、どこか凄みを感じられるのは、おそらくそのせいでしょう。

作品情報

『わたしのすきなもの』(The things I like)
作者:フランソワーズ(Françoise Seignobosc)
翻訳:なかがわちひろ
出版:偕成社
初版:2005年(日本語版)

わたしのすきなもの

わたしのすきなもの

Things I Like

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フランソワーズについて

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フランソワーズ・セニョーボ(Françoise Seignobosc)は、南仏ロデーヴ(Lodève)出身の絵本作家です。1897年うまれ。パリのセヴィニエ大学(Collège Sévigné)を卒業後、1927年から1935年まで、フランスの児童図書出版社であるTolmer社で働きます。やがてアメリカに渡り、ニューヨークの名門出版社スクリブナー社(Charles Scribner's Sons)に入社。代表作の「まりーちゃん(Jeanne-Marie)」シリーズを含め、数多くの絵本をつくりました。彼女の作品は、ニューヨークヘラルドトリビューン紙賞、ニューヨークタイムズ紙年間絵本賞などを受賞しています。1961年に逝去。

南フランスの田舎町を出て大学に行き、パリの出版社に勤め、さらに大西洋を渡ってアメリカに移住という、当時の女性としては(現代であっても)、非常に活動的な人物です。その彼女が、ニューヨークで都会的な生活を送りながら、南仏で過ごした少女時代を懐かしみ、「まりーちゃん」シリーズをつくっていたことを思うと、何とも言えない感慨におそわれます。