『きみたちにおくるうた むすめたちへの手紙』バラク・オバマ作/ローレン・ロング画

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あらすじ

オバマ元大統領が、当時まだ幼かった娘たちに贈った手紙から作られた絵本です。社会に大きな影響を与えた13人の人物が紹介されています。


インプレッション

かつては誰もがみな子どもだったこと(等しく内なる可能性を秘めた)

作者は、バラク・オバマ(アメリカ第44代大統領)です。その非常に洗練された立居振舞と、深い知性をうかがわせる発言から、およそ聖人君子のような大統領でした。これは本来の性格にもよるでしょうが、「アフリカ系アメリカ人として初めての大統領」という立場が、彼をそうさせた側面も強かったでしょう。

なぜなら、ヘタな振る舞いをしてしまうと、「これだから黒人は……」といったバッシングを、(本人のみならず、アメリカに住むすべての)黒人が受ける可能性が、いつもあったからです。そうであるなら第一に、人種に関係なく、人として恥ずべきことは避け、むしろ賞賛されるような言動を心掛けねばなりません。その結果として、あの「オバマ大統領」が形作られたのだと思われます。任期中の彼は、ちょっと普通の次元の完璧さではありませんでした。ミシェル夫人も含めて。

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さて、その元大統領によるこの絵本は、「自身の娘たちにあてた手紙」という体裁をしているため、アメリカ人としての自覚を促す要素が、多分に含まれています。しかしながら、当時のバラク・オバマが、アメリカを代表するというより、全人類を代表するかのようにして、思慮深くあったことを思い返せば、その射程はアメリカ人にとどまらず、「すべての人に対する手紙」と受け取れます。そして実際、本作の内容は、国籍や時代や人種に関係なく、等しく心を打つものです。

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たとえば、「しってるかい? きみたちには ものを つくりだす ちからが ある、ってことを」、「しってるかい? きみたちは たんけんに のりだせる、ってことを」といった語り口は、アメリカ人であろうとなかろうと、受け取れますし、ちゃんと届きます。

それにまた、シッティング・ブル*1、シーザー・チャベス*2、マーティン・ルーサー・キングという人物を挙げていることで、アメリカが抱える負の歴史から目を背けておらず、フェアな感覚が伝わってもきます(逆にアメリカの大統領としては、危ういバランス感覚でもあり、その点がまた大人物らしくあります)。

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ただ、もっとも心を打つのは、左のページに各人物の幼少期の姿が描かれ、そこに一人で立つ背中を、はじめは二人の娘が見つめ、ページをめくる度に、一人また一人と、背中を見つめる子どもたちが増えていく、絵本ならではの無言の演出でしょう。思わず溜息が出ます(この演出の凄さは、読後に最初のページに戻ると、より一層実感できます。ネタバレになるので書きませんが、相当いいです。ヤバいです。まったく文句なしに「むすめたちへの手紙」になっています)。

そうそう、最終ページのテキストが、抜群に素晴らしいことも書き添えておきましょう。まさに溢れんばかりの愛情です。ただただ感服します。すごい!

作品情報

『きみたちにおくるうた むすめたちへの手紙』(of Three I Sing:A Letter to My Daughters)
作者:バラク・オバマ(Barack Obama)
挿画:ローレン・ロング(Loren Long)
翻訳:さくま ゆみこ
出版:明石書店
初版:2011年(日本語版)

きみたちにおくるうた―むすめたちへの手紙―

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Of Thee I Sing: A Letter to My Daughters

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ローレン・ロングについて

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ローレン・ロング(Loren Long。1964~)は、ミズーリ州うまれのイラストレーターです。レキシントンで育ち、ケンタッキー大学でグラフィック・デザインを学びました。『あこがれの機関車(原題:I Dream of Trains)』で2004年にゴールデン・カイト賞を獲得しています。日本語で読める彼の絵本としては、『ピーボディ先生のりんご(原題:Mr. Peabody’s Apples)』、『ちびっこ きかんしゃ だいじょうぶ(原題:The Little Engine That Could)』、『チーロの歌(原題:Nightsong)』等があります。

*1:シッティング・ブル(Sitting Bull。本名はタタンカ・イヨタケ。1831~1890):アメリカインディアンのハンクパパ族の戦士。先頭に立って白人の侵略に立ち向かい、クレイジー・ホース(タシュンケ・ウィトコ)と並び称される存在。詳しくはWikipediaを参照。

*2:シーザー・チャベス(Cesar Chavez。1927~1993):劣悪な労働条件で働く、主にラテンアメリカ系の農業労働者たちのために、初めて組合(UFW:United Farm Workers)を結成した人物。なお、2008年の大統領選挙戦で使われた、オバマ陣営のキャッチコピー「Yes, We Can」は、シーザー・チャベスの「Si, Se Puede」に由来しています。