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『なつのいちにち』はたこうしろう

日本の絵本 2004年の絵本

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あらすじ

ある晴れた暑い夏の日、一人の少年がクワガタ捕りに走り出ます。海辺を駆け、水田を抜け、神社の石段を上り、クワガタのいる山まで。


インプレッション

真夏のクラシック、あるいは完璧な毎日を送るための手引書

田舎に暮らす少年の、完璧な夏の一日を追った絵本です。照りつける真夏の日差し、うだるような暑さ、ときおり吹き抜ける風の心地よさが、ページをめくる指先から如実に伝わってきます。

あらゆるシーンが臨場感に溢れ、ひかえめに添えられたテキストは、まさに簡にして要を得るです。描かれている光景と少年の内面を、少しのズレもなく完全に一致させます。素朴でシンプルにありながら、しかし名文です。少年の高揚感をダイレクトに感じることができます。いえ、読み手自身が、作品世界に入り込んだかのような、そんな感覚にすら陥ります。

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初めてこの絵本を読むときには、あまりに素晴らしい描写の数々を前に、しばしば手が止まることでしょう。そして、わけもなく同じページを眺め続け、胸の底からこみ上げてくる、不思議な感情に揺り動かされるはずです。

ただ単に「なつかしい」というだけではありません。「この作品世界に通底している、濃密な時間は一体どこから来ているんだろう? なぜ、その時間にノスタルジーを感じてしまうんだろう?」と、いくらか動揺しながら考え込まされた結果、グッと来るものがあるのです。

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どの瞬間を切り取ってみても、『なつのいちにち』には、間違いなく充実した時間が流れています。それは本当に本当に本当に、完璧な夏の一日なのです。牛小屋の悪臭に顔をそむける瞬間にも、長い石段を前に肩で息をしている瞬間にも、火照った身体を水辺で休ませている瞬間にも、どういうわけか精神は充溢しているのです。高いテンションが保たれたままなのです。

その理由は何なのでしょう? 簡単な話です。「でっかいクワガタを捕る」、そのたったひとつの目的に向けて、一心不乱に突き進んでいる過程にあるからです。だからこそ、すべての瞬間が、まばゆいばかりに輝いて見えるのです。それもまた、強烈な日差しを感じる真夏の情景であるため、よりいっそう強い輝きとなります。

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その強い輝きを前に、ふと我に返らされてしまいます。この少年が過ごしている時間の、あまりのうらやましさもあって。ただし、彼が少年であるから、そのように充実した夏の一日をすごせているわけではありません。理由はすでに明らかなのです。もし、この少年のような日々を送りたいのであれば、同じようにひとつの目的に向けて、全身全霊を捧げるようにして毎日を生きることです。

最高にカッコいいクワガタをロックオンできたなら、その瞬間から最高の時間が流れ出す──、そのことはこの絵本を通した感動によって、すでに証明済みです。

さて、それでは。心を突き動かす「クワガタ」探しに出かけますか。

作品情報

『なつのいちにち』
作者:はたこうしろう
出版:偕成社
初版:2004年

なつのいちにち

なつのいちにち